秋のコルカタでは、街の景色が少しずつ変わっていきます。
通りには大きな仮設空間「パンダル」が姿を現し、その中には花や布、光に囲まれた女神ドゥルガーの像。
夜になると家族や友人たちが街へ繰り出し、いくつものパンダルを巡りながら、祈りと祝祭の時間を過ごします。
これが、ドゥルガー・プージャー(Durga Puja)。
特に西ベンガルで大切にされている、女神ドゥルガーを迎える秋の大祭です。
ドゥルガーは、悪魔マヒシャースラを打ち倒した力強い女神として知られています。
けれどベンガルのドゥルガー・プージャーで見えてくるのは、戦う女神としての姿だけではありません。
娘が家族のもとへ帰ってくるように女神を迎え、数日間をともに過ごし、最後には再び見送る。
そんな家族的で、どこかあたたかな物語も、この祝祭には重なっています。
そしてドゥルガー・プージャーの魅力は、祈りだけではありません。
毎年趣向を凝らしてつくられるパンダル、職人たちの手で生まれる女神像、鳴り響く太鼓、夜の街を行き交う人々。
宗教、工芸、アート、食、家族や友人との時間。
さまざまなものが重なりながら、街そのものが大きな祝祭空間へ変わっていきます。
シャラド・ナヴラートリの九つの夜が進むころ、西ベンガルではドゥルガーを迎える季節が本格的に始まります。
この記事では、ドゥルガー・プージャーとはどんなお祭りなのか、2026年の日程や五日間の流れ、パンダルと女神像、そして最後に女神を見送るヴィジャヤダシャミーまで、コルカタの街の風景とともにたどっていきます。
- 🌺 ドゥルガー・プージャーってどんなお祭り?
- 🗓️ ドゥルガー・プージャーはいつ?2026年の日程
- 🏡 ベンガルでは、ドゥルガーは「家に帰ってくる女神」
- ⚔️ ドゥルガーとマヒシャースラ|勝利を祝う神話
- 🎨 パンダルと女神像|街そのものが祈りとアートになる
- 🪔 五日間をたどる|シャシュティからダシャミーまで
- 🥁 音・灯り・人の波|ドゥルガー・プージャーの街を歩く
- 🌊 ビジョヤ・ダシャミー|女神を見送る日
- 🌺 シャラド・ナヴラートリとは何が違う?
- 🌏 ユネスコ無形文化遺産になった「Durga Puja in Kolkata」
- 🏡 日本から、ドゥルガー・プージャーをどう楽しむ?
- 🛍️ 女神の季節を彩る、かいらりのアイテムたち
- 🪷 おわりに|女神を迎え、街で祝い、また見送る
🌺 ドゥルガー・プージャーってどんなお祭り?
ドゥルガー・プージャー(Durga Puja)は、女神ドゥルガーを迎え、祈りを捧げる秋の大きな祝祭です。
インド各地でドゥルガーへの信仰は見られますが、とりわけ西ベンガル州、そしてコルカタでは、街全体を巻き込む一大行事として大切にされています。
期間中は、街のあちこちにパンダルと呼ばれる仮設の祭礼空間がつくられ、その中に女神ドゥルガーの像が祀られます。
人々は家族や友人とパンダルを巡り、祈りを捧げたり、装飾や女神像を眺めたりしながら夜の街を歩きます。
そのためドゥルガー・プージャーは、寺院の中だけで完結する宗教行事ではありません。
祈りと工芸、アート、人々の集まりが街の中で重なっていく祝祭なのです。
🐅 女神ドゥルガーを迎える秋の大祭
このお祭りの中心にいるのが、女神ドゥルガーです。
ドゥルガーは、悪魔マヒシャースラを打ち倒した力強い女神として知られる一方、人々を守る母なる存在としても信仰されています。
ドゥルガー・プージャーでは、その女神を街や家庭へ迎え、数日間にわたって祈りを捧げます。
華やかな女神像や装飾に目を奪われますが、その根底にあるのは、女神を迎え、ともに過ごし、感謝と祈りを捧げる時間です。
🏙️ コルカタでは、街そのものがお祭りの舞台に
特にコルカタでは、ドゥルガー・プージャーの時期になると、街の景色が大きく変わります。
住宅街や広場、通り沿いなどに個性豊かなパンダルがつくられ、そこへ大勢の人々が訪れます。
伝統的な意匠を生かしたものもあれば、毎年異なるテーマや素材を取り入れた、現代アートのようなパンダルもあります。
女神像をつくる職人、空間を設計する人、装飾を手がける人、祭りを運営する地域の人々。
さまざまな人の手仕事によって、ひとつの祝祭空間がつくられていきます。
だからこそドゥルガー・プージャーは、信仰の祭りであると同時に、コルカタの文化やものづくりを感じられる季節でもあります。
🌙 シャラド・ナヴラートリと重なる女神の季節
ドゥルガー・プージャーは、秋のシャラド・ナヴラートリと重なる時期に行われます。
ナヴラートリが「女神へ祈る九つの夜」という広い祝祭であるのに対し、西ベンガルではその季節にドゥルガー・プージャーが特に大きな存在となります。
つまり、両者はまったく別々に存在しているというより、同じ秋の女神の季節の中で、それぞれ異なる形を見せる祝祭として捉えると分かりやすいでしょう。
シャラド・ナヴラートリについては、こちらの記事で詳しく紹介しています。
では、2026年のドゥルガー・プージャーは、いつから始まるのでしょうか。
次は、シャシュティからダシャミーまでの日程を見ていきます。
🗓️ ドゥルガー・プージャーはいつ?2026年の日程
2026年のドゥルガー・プージャーは、10月16日ごろから21日ごろにかけて、祝祭の大きな流れが続きます。
特に重要なのが、シャシュティ、サプタミー、アシュタミー、ナヴァミー、そしてダシャミーへと進んでいく期間です。
ただし、ここで少し注意したいのが、ヒンドゥー暦のティティと西暦の日付は、きれいに一日ずつ対応するとは限らないこと。
ティティの切り替わる時刻によって、ひとつの西暦の日に複数の儀礼が重なったり、暦によって「何日」と表記される日が少し異なったりします。
🌺 2026年の主な流れ
| 日付 | 主な流れ | 見どころ |
|---|---|---|
| 10月16日 | ビルヴァ・ニマントラン | 女神を迎える祭礼が本格化していく時期 |
| 10月17日 | シャシュティ | 女神を迎える儀礼、ボードンなど |
| 10月18日 | サプタミー | 本格的な礼拝が進み、コラボウの儀礼などが行われる |
| 10月19日 | アシュタミー | 重要な礼拝の日。サンディ・プージャーやナヴァミーの儀礼が重なる場合も |
| 10月20日 | ナヴァミー〜ヴィジャヤダシャミー | 祝祭が締めくくりへ向かう |
| 10月21日 | ベンガルのヴィジャヤダシャミー/ヴィサルジャン | 女神を見送り、像を水辺へ運ぶ |
こうして並べると六日ほどありますが、一般にドゥルガー・プージャーの中心となる祝祭は、シャシュティからヴィジャヤダシャミーへ続く数日間として捉えられています。
🌙 なぜ日付が少し複雑なの?
インドのお祭りの日程を見ていると、「ある暦では20日、別の説明では21日」といった違いに出会うことがあります。
これは、単純な間違いとは限りません。
ヒンドゥー暦では、月の満ち欠けをもとにしたティティによって祭礼の日が決まり、そのティティは西暦の日付の途中で切り替わります。
2026年もアシュタミーとナヴァミー、ナヴァミーとダシャミーの境目が西暦の日付をまたぐため、複数の儀礼が同じ日に重なるように見えるのです。
そのためこの記事では、「一日ごとに完全に区切られた五日間」と考えるよりも、10月16日ごろから21日ごろまで、女神を迎え、祈り、そして見送る流れが続いていくと捉えていきます。
🍂 シャラド・ナヴラートリの後半と重なる
2026年のシャラド・ナヴラートリは10月11日に始まります。
その九つの夜が後半へ進むころ、西ベンガルではドゥルガー・プージャーの祝祭が大きく盛り上がっていきます。
つまり、10月のインドの暦を順に眺めると、祖先へ祈るピトリ・パクシャが終わり、ナヴラートリが始まり、その中からドゥルガー・プージャーの華やかな数日間が立ち上がってくるように見えます。
2026年10月のお祭り全体を日付順に見たい方は、こちらの記事もあわせてどうぞ。
では、西ベンガルの人々にとって、ドゥルガーはどのような存在なのでしょうか。
次は、戦う女神というイメージだけでは見えてこない、「家へ帰ってくる娘」としてのドゥルガーを見ていきます。
🏡 ベンガルでは、ドゥルガーは「家に帰ってくる女神」
ドゥルガーと聞くと、獅子に乗り、いくつもの武器を手にして悪魔と戦う、力強い女神の姿を思い浮かべるかもしれません。
けれど、西ベンガルのドゥルガー・プージャーには、もうひとつ大切な見方があります。
それが、「家へ帰ってくる娘」としてドゥルガーを迎えるという感覚です。
🌺 カイラーサから、実家へ帰ってくる娘
ベンガルの文化では、ドゥルガー・プージャーの時期になると、女神ドゥルガーがカイラーサ山から母方の家、つまり実家へ帰ってくると捉えられます。
遠くへ嫁いだ娘が、年に一度家族のもとへ帰ってくる。
そんな親しみのある物語が、壮大な女神の神話と重なっているのです。
そのためドゥルガー・プージャーには、強い女神を礼拝するだけではなく、大切な家族を迎えるようなあたたかさも感じられます。
👨👩👧👦 女神だけではなく、「家族」がやってくる
ドゥルガー・プージャーの女神像を見ると、中央のドゥルガーだけではなく、その周囲にも神々の姿が並んでいることがあります。
そこには、ドゥルガーを孤立した戦士としてではなく、家族とともに故郷へ帰ってきた存在として迎えるベンガルの感覚が表れています。
街につくられたパンダルは女神を祀る場所であると同時に、久しぶりに帰ってきた家族を迎えるような空間でもあるのです。
人々が新しい服を着て出かけ、家族や友人と食事をし、いくつものパンダルを巡る。
そうした過ごし方まで含めて見ると、ドゥルガー・プージャーが宗教行事でありながら、人と人が再び集まる季節でもあることが分かります。
🌊 だから、最後の日には「別れ」がある
迎えた女神と過ごせるのは、ずっとではありません。
祝祭の最後、ヴィジャヤダシャミーを迎えると、ドゥルガー像は街から水辺へと運ばれ、川などへ浸されます。
これは単に祭りを片づけるためのものではなく、実家での時間を終えた女神が、再びカイラーサへ帰っていくという物語とも重なっています。
久しぶりに帰ってきた娘を迎え、数日間をともに過ごし、そしてまた見送る。
だからこそ、ドゥルガー・プージャーの終わりには、勝利を祝う喜びだけではなく、別れを惜しむ気持ちもあります。
「また来年、帰ってきてね」と女神を送り出す。
そんな再会を前提にした別れまで含めて、ドゥルガー・プージャーの時間は続いていきます。
🌿 ベンガルならではの、女神との距離感
もちろん、「家へ帰ってくる娘」という捉え方は、インド中でまったく同じように語られているものではありません。
特にベンガルのドゥルガー・プージャーを知るうえで大切な、地域に根づいた女神の迎え方です。
戦う女神であり、母なる存在であり、そして家族のもとへ帰ってくる娘でもある。
ひとつの神格にいくつもの表情が重なっているところに、ドゥルガーという女神の奥行きがあります。
では、その力強い側面であるマヒシャースラとの戦いは、ドゥルガー・プージャーとどのようにつながっているのでしょうか。
次は、祝祭の背景にある「女神の勝利」の神話を見ていきます。
⚔️ ドゥルガーとマヒシャースラ|勝利を祝う神話
家族のもとへ帰ってくる娘として親しまれる一方、ドゥルガーには悪を打ち倒す戦う女神という力強い姿があります。
ドゥルガー・プージャーの背景にある大切な物語が、女神ドゥルガーと悪魔マヒシャースラの戦いです。
🐃 神々を苦しめたマヒシャースラ
マヒシャースラは、強大な力を持つ悪魔としてインド神話に登場します。
その名は水牛と結びつき、物語の中では姿を変えながら戦う恐ろしい存在として描かれています。
神々だけではその力を止めることができず、世界の秩序が脅かされていきます。
そこで、神々の力が集まって現れたとされるのが女神ドゥルガーです。
🦁 神々の力をまとい、戦場へ
ドゥルガーは多くの腕を持つ姿で描かれ、それぞれの手には神々から授けられた武器が握られています。
獅子や虎に乗り、マヒシャースラへ立ち向かうその姿は、ドゥルガーを象徴する代表的なイメージのひとつです。
激しい戦いの末、ドゥルガーはマヒシャースラを打ち倒します。
この物語で描かれるのは、単なる強い者同士の戦いではありません。
混乱によって崩れた秩序を取り戻し、人々を脅かす力から世界を守る女神の勝利として語り継がれてきました。
🌺 女神像にも刻まれる「勝利」の場面
ドゥルガー・プージャーの女神像をよく見ると、この神話がそのまま造形の中に表れていることがあります。
中央には武器を手にしたドゥルガー。
その足元にはマヒシャースラが表され、女神が悪を打ち倒す場面がひとつの祭壇の中につくられます。
つまり、パンダルに祀られた女神像は美しい装飾品というだけではなく、人々がよく知る神話の一場面を目に見える形にしたものでもあるのです。
華やかな衣装や細かな装飾を眺めながら、その足元まで見てみると、ドゥルガー・プージャーが祝う「勝利」の物語がよりはっきり見えてきます。
🪷 「戦う女神」だけではないドゥルガー
ただし、ドゥルガーを「悪魔を倒す戦争の女神」とだけ捉えると、この女神の姿は少し狭くなってしまいます。
ドゥルガーは、戦う力と同時に、人々を守る母なる存在としても信仰されてきました。
守るために戦う強さと、家族を包むような慈愛。
その両方がひとつの女神の中にあるからこそ、ベンガルではマヒシャースラを倒した英雄的な女神でありながら、「帰ってくる娘」としても親しまれています。
ドゥルガーの神話や姿、武器に込められた意味については、こちらの記事で詳しく紹介しています。
そして、この神話の世界を街の中へ立ち上げていくのが、ドゥルガー・プージャーを象徴するパンダルと女神像です。
次は、祈りの場であると同時に、工芸やアートの舞台にもなるコルカタのパンダルを見ていきます。
🎨 パンダルと女神像|街そのものが祈りとアートになる
ドゥルガー・プージャーの時期にコルカタを歩けば、まず目を引くのが街のあちこちに現れるパンダルです。
パンダルとは、女神ドゥルガーを迎えるためにつくられる仮設の祭礼空間。
けれど、ただ祭壇を覆うための建物というだけではありません。
伝統的な意匠を取り入れたものから、工芸や現代的なデザインを生かしたものまで、その姿は実にさまざまです。
祈りの場所そのものが、ひとつの大きな作品になる。
それが、コルカタのドゥルガー・プージャーのおもしろさのひとつです。
🏛️ 毎年つくり直される、期間限定の空間
ドゥルガー・プージャーのパンダルは、祭りのためにつくられる一時的な空間です。
恒久的な寺院とは違い、祝祭が近づくと組み上げられ、その年ならではの装飾や世界観がつくられていきます。
大きなパンダルになると、入口から内部までひとつのテーマに沿って構成され、空間全体を歩きながら楽しめるものもあります。
建築のようでもあり、舞台美術のようでもあり、巨大な工芸作品のようでもある。
その中心に女神ドゥルガーが祀られることで、アートを見る場所と祈りを捧げる場所が自然に重なっていきます。
👐 女神像を生み出す職人たち
パンダルの中心を飾るドゥルガー像も、祭りのずっと前から職人たちの手によって準備されます。
コルカタでよく知られている制作拠点のひとつが、北部にあるクマルトゥリ(Kumartuli)です。
ここには粘土像をつくる職人たちの工房が集まり、ドゥルガー・プージャーへ向けて女神とその家族の像が形づくられていきます。
骨組みから形をつくり、粘土で肉付けし、乾かし、彩色し、衣装や装飾を加えていく。
完成した姿だけを見ると華やかですが、その背景には何段階もの手仕事と、祭りへ向けた長い準備があります。
ドゥルガー・プージャーは、女神を信仰する人々だけで成り立っているのではありません。
像をつくる職人、パンダルを組む人、装飾を手がける人、デザインを考える人、太鼓を演奏する人、地域で祭りを運営する人。
たくさんの仕事と技術が重なって、街の祝祭が形になっていきます。
🌺 同じドゥルガーでも、毎年違う表情に出会える
ドゥルガー像には、マヒシャースラを倒す女神という共通する物語があります。
けれど、その見せ方や装飾、周囲につくられる空間は一つではありません。
伝統的な姿を大切にするパンダルもあれば、素材やデザインに新しい表現を取り入れるものもあります。
だから人々は、ひとつのパンダルだけを訪れて終わるのではなく、家族や友人と街を歩きながら、いくつものパンダルを巡ります。
今年はどんな女神に出会えるのか。どんな空間がつくられているのか。
そんな楽しみも、ドゥルガー・プージャーの季節には重なっています。
🪔 祈りとものづくりが、街の中でひとつになる
こうして見ると、パンダルや女神像は「お祭りの飾り」だけではないことが分かります。
そこには信仰があり、職人の技があり、地域の人々の準備があり、その年だけの表現があります。
祭りが終われば、パンダルは解体され、女神像も最後には水辺へと見送られます。
ずっと残るものではないからこそ、その年、その場所、その時間に人々が一緒につくり上げること自体に大きな意味があるのでしょう。
街の中につくられた祈りの空間を巡りながら、人々は女神とともに数日間を過ごしていきます。
では、その数日間には、実際にどんなことが行われるのでしょうか。
次は、シャシュティからダシャミーまで、ドゥルガー・プージャーの中心となる日々を順番にたどってみます。
🪔 五日間をたどる|シャシュティからダシャミーまで
ドゥルガー・プージャーの中心となるのは、シャシュティ、サプタミー、アシュタミー、ナヴァミー、そしてヴィジャヤダシャミーへと続く日々です。
女神を迎え、祈りを捧げ、ともに過ごし、最後には再び見送る。
それぞれの日に異なる儀礼が重なりながら、祝祭は少しずつクライマックスへ向かっていきます。
地域や寺院、家庭によって細かな作法には違いがありますが、ここでは西ベンガルのドゥルガー・プージャーで見られる代表的な流れをたどってみましょう。
🌺 シャシュティ|女神を迎える
祝祭が本格的に始まるのが、シャシュティ(Shashthi)です。
この日には、女神ドゥルガーを目覚めさせ、祭礼の場へ迎えるボードン(Bodhon)と呼ばれる儀礼などが行われます。
それまで制作され、パンダルの中で待っていた女神像が、祈りの対象としていよいよ人々の前に現れていく日です。
街にはすでに灯りがともり、多くの人がパンダルを訪れ始めます。
「今年も女神が帰ってきた」という空気が、街の中にはっきりと広がっていきます。
🌿 サプタミー|ナヴァパトリカーとともに祈りが始まる
翌日のサプタミー(Saptami)になると、本格的な礼拝が始まります。
この日に特徴的なのが、ナヴァパトリカー(Navapatrika)と呼ばれる九種類の植物を束ねたものを用いる儀礼です。
西ベンガルではコラボウ(Kolabou)とも呼ばれ、植物を水辺で清め、布をまとわせて祭壇へ迎えます。
自然の植物を祭礼の中へ取り込みながら女神の存在を迎えるところにも、ドゥルガー・プージャーのおもしろさがあります。
女神像への祈りだけでなく、植物、水、粘土といった身近なものが祭りの中に深く入り込んでいるのです。
🔥 アシュタミー|祈りが最も深まる日
アシュタミー(Ashtami)は、ドゥルガー・プージャーの中でも特に大切にされる日のひとつです。
多くの人が花を捧げて祈るプシュパンジャリに参加し、パンダルには朝から人々が集まります。
地域や伝統によっては、少女を女神の姿として敬うクマリ・プージャーが行われることもあります。
そして、アシュタミーからナヴァミーへ移り変わる境目に行われるのが、サンディ・プージャー(Sandhi Puja)です。
二つのティティが交わる限られた時間に祈りが捧げられ、灯明をともすなど、祭りの中でも特に緊張感のある時間になります。
にぎやかな街の祝祭の中にも、こうした深く祈りに集中する時間があるのです。
🔥 ナヴァミー|祝祭が頂点へ
ナヴァミー(Navami)になると、女神への礼拝はいよいよ締めくくりへ近づきます。
プージャーに加えて、火を用いるホーマ(Homa)などが行われ、ドゥルガーへの祈りが捧げられます。
一方、街のパンダルは大勢の人でにぎわい、家族や友人と夜遅くまでパンダルを巡る人々の姿も見られます。
数か月かけて準備されてきたパンダルや女神像を楽しめる時間も、もう残りわずか。
祈りの高まりと、祭りが終わりへ近づく名残惜しさ。
その両方が重なっていく日です。
🌊 ヴィジャヤダシャミー|女神を見送る
そして迎えるのが、ヴィジャヤダシャミー(Vijayadashami)です。
ドゥルガーがマヒシャースラに勝利したことを祝う日であると同時に、西ベンガルでは、数日間ともに過ごした女神との別れの日でもあります。
家庭や祭礼の場では互いに祝福を交わし、ベンガルのドゥルガー・プージャーでは、既婚女性たちが女神や互いに赤いシンドゥールをつけるシンドゥール・ケーラが見られることもあります。
やがて女神像はパンダルを離れ、人々とともに水辺へ。
像を水へ還すヴィサルジャン(Visarjan)によって、女神は再びカイラーサへ帰っていくと捉えられます。
華やかだったパンダルから女神がいなくなり、その年のドゥルガー・プージャーは終わっていきます。
けれど、その別れは永遠のものではありません。
「また来年も帰ってくる」という再会への思いを残しながら、街は少しずついつもの日常へ戻っていきます。
こうした祈りの一方で、祭りのコルカタには太鼓の音が響き、夜遅くまで人々が街を歩きます。
次は、パンダルの外へ目を向けて、ドゥルガー・プージャーの季節に街がどんな空気に包まれるのかを見てみましょう。
🥁 音・灯り・人の波|ドゥルガー・プージャーの街を歩く
ドゥルガー・プージャーの魅力は、パンダルの中だけにあるわけではありません。
祭りの時期になると、コルカタの通りには灯りがともり、人々が家族や友人と街へ繰り出します。
ひとつのパンダルで祈りを捧げたら、また次のパンダルへ。
女神像や装飾を見ながら歩く人々の流れそのものが、街の景色をつくっていきます。
🥁 ダークの音が、祭りの空気をつくる
ドゥルガー・プージャーの風景と切り離せないもののひとつが、ダーク(Dhak)と呼ばれるベンガルの太鼓です。
大きな太鼓を肩から下げ、力強く打ち鳴らす音がパンダルの周囲に響きます。
そのリズムは、単なる祭りのBGMではありません。
祈りや儀礼、人々の集まりと結びつきながら、「ドゥルガー・プージャーの季節がやってきた」と感じさせる音のひとつになっています。
写真では伝わりにくい祭りの熱気も、ダークの音を想像すると少し近く感じられるかもしれません。
✨ 夜になると、街はさらに華やかに
日が暮れると、パンダルや通りを彩る灯りが目立ち始めます。
建物のように大きなパンダルそのものが照らされたり、入口から女神像へ続く空間に細かな光の演出が加えられたり。
昼間に見るのとは、また違った表情が街に現れます。
西ベンガルのドゥルガー・プージャーでは、こうした照明や空間演出もパンダルを楽しむ大切な要素になっています。
だからこそ、夕方から夜にかけて街へ出て、いくつものパンダルを巡る時間そのものを楽しむ人も少なくありません。
🚶 「パンダル巡り」も祭りの楽しみ
ドゥルガー・プージャーの時期には、ひとつの有名なパンダルだけを見て帰るのではなく、いくつものパンダルを歩いて巡る楽しみがあります。
伝統的な女神像が迎えてくれる場所もあれば、思いがけない素材やテーマを使ったパンダルもある。
次はどんな空間なのだろう、と街を歩いていくうちに、コルカタそのものが大きな展覧会のように見えてきます。
けれど、そこにいる人々にとってパンダルは、作品を鑑賞するだけの場所ではありません。
女神へ祈りを捧げ、知り合いと顔を合わせ、家族と時間を過ごす場所でもあります。
信仰の場と、人々が集う街の空間が分かれていない。
そこに、ドゥルガー・プージャーならではの街の風景があります。
🍛 家族や友人と過ごす、年に一度の時間
この数日間は、祈りだけでなく、家族や友人と集まる時間でもあります。
新しい服を着て出かけ、パンダルを巡り、食事を楽しみ、久しぶりに会う人たちと言葉を交わす。
そんな日常の楽しみも、祭りの風景の中に自然に溶け込んでいます。
女神を迎えるという宗教的な時間と、人が人に会うという暮らしの時間。
どちらか一方だけではなく、祈りも、遊びも、食事も、人との再会も同じ祝祭の中にあるのがドゥルガー・プージャーです。
🌃 街全体で女神を迎えるということ
寺院へ参拝して終わるのではなく、通りを歩き、音を聞き、人と出会い、いくつもの女神像を見る。
そうして街を巡っているうちに、祈りの場と普段の暮らしの境目が少しずつ曖昧になっていきます。
ドゥルガー・プージャーの時期のコルカタでは、街そのものが女神を迎える場所になるのです。
けれど、どれほど華やかな時間にも終わりはやってきます。
次は、数日間ともに過ごしたドゥルガーを水辺へ送り出す、ビジョヤ・ダシャミーの風景を見ていきましょう。
🌊 ビジョヤ・ダシャミー|女神を見送る日
灯りに包まれたパンダルを巡り、女神とともに過ごした数日間。
その最後に訪れるのが、ビジョヤ・ダシャミー(Bijoya Dashami)です。
「ヴィジャヤ」は勝利、「ダシャミー」は月の暦における10日目を表す言葉。
ドゥルガーがマヒシャースラを打ち倒した勝利を祝う一方で、西ベンガルのドゥルガー・プージャーでは、迎えていた女神を再び送り出す日でもあります。
🌺 「勝利の日」であり、「別れの日」でもある
ドゥルガー・プージャーが始まるとき、女神はカイラーサから実家へ帰ってきた娘のように迎えられました。
数日間、街の中心にいたドゥルガー。
パンダルには人々が集まり、祈りを捧げ、太鼓の音を聞き、家族や友人と時間を過ごします。
けれど、ビジョヤ・ダシャミーを迎えると、その時間にも終わりがやってきます。
悪に勝った女神を祝う喜びと、大切な存在を送り出す寂しさ。
一見すると反対のような二つの感情が、同じ日の中に重なっているのです。
🚩 パンダルを離れ、水辺へ向かう女神像
祭りを終えたドゥルガー像は、パンダルから運び出され、人々とともに水辺へ向かいます。
数日前まで祭壇の中心にいた女神が街へ出て、大勢の人に見送られながら進んでいく。
そして最後には、女神像を水へ浸すヴィサルジャン(Visarjan)が行われます。
粘土でつくられた女神像が水へ還っていくこの儀礼は、ドゥルガーが地上での滞在を終え、再び自らの住まいへ帰っていくこととも結びつけられています。
華やかな女神像が残り続けるのではなく、最後には送り出される。
そこまで含めて、ひとつのドゥルガー・プージャーなのです。
🪷 残すのではなく、また迎えるために見送る
何か大切なものなら、ずっと残しておきたいと思うこともあります。
けれどドゥルガー・プージャーでは、長い時間をかけてつくった女神像を、最後には水へ見送ります。
それは「すべて終わってしまった」という別れではありません。
女神はまた次の年に迎えられ、新しい像、新しいパンダル、新しい祭りの時間がつくられていきます。
毎年つくり、毎年迎え、毎年見送る。
形はその年限りでも、女神を迎える営みそのものは次の年へ受け継がれていきます。
パンダルや女神像が「残るもの」ではなくても、職人の技や地域の記憶、人々がともに過ごした時間は、その土地の文化としてつながっていくのでしょう。
🍂 女神の季節は、ひとつの流れの中にある
こうしてドゥルガー・プージャーだけを見ていると、ひとつの独立した大祭のように感じます。
けれど暦を少し広く見ると、その背景には秋のシャラド・ナヴラートリがあります。
では、「九つの夜」を意味するナヴラートリと、ベンガルで盛大に祝われるドゥルガー・プージャーは、同じ祭りなのでしょうか。
次は、この二つの関係を整理してみましょう。
🌺 シャラド・ナヴラートリとは何が違う?
ドゥルガー・プージャーについて調べていると、よく一緒に出てくるのがシャラド・ナヴラートリです。
どちらも秋に女神を迎える祝祭で、時期も重なっています。
そのため「名前が違うだけで、同じお祭りなの?」と思うかもしれません。
けれど、両者は深くつながっていながら、まったく同じものとして扱うと少し違いが見えにくくなります。
🌙 シャラド・ナヴラートリは「九つの夜」
ナヴラートリ(Navratri)は、「九つの夜」を意味する女神の祝祭です。
秋に行われるものがシャラド・ナヴラートリで、九日間を通して女神のさまざまな姿へ祈りが捧げられます。
ただし、九日間の過ごし方はインド中で同じではありません。
グジャラートではガルバやダンディヤが大きな存在になる一方、南インドの一部では人形を飾るゴルや、学び・道具に関わる祈りが見られます。
つまりシャラド・ナヴラートリは、地域によってさまざまな姿を見せる、秋の女神の大きな祝祭期間と考えると分かりやすいでしょう。
🌺 西ベンガルでは、ドゥルガー・プージャーが大きな存在に
その同じ時期、西ベンガルではドゥルガー・プージャーが街を包むほど大きな祝祭になります。
中心にいるのは、もちろん女神ドゥルガー。
パンダルをつくり、女神像を迎え、シャシュティからダシャミーまで祈りを捧げ、最後には像を水辺へ見送ります。
そこには、マヒシャースラに勝利した女神の物語だけでなく、年に一度実家へ帰ってくる娘を迎えるというベンガル独自の感覚も重なっています。
こうしたパンダル文化や女神像の制作、街を巡る人々の風景まで含めて発展してきたのが、ベンガルのドゥルガー・プージャーです。
🗺️ 「どちらが正しい祝い方」という話ではない
インドのお祭りを見ていると、同じ暦の中なのに、地域によってまったく違う風景が広がっていることがあります。
シャラド・ナヴラートリも、その代表的な例です。
ある土地では夜になると踊りの輪が広がり、別の土地では女神ドゥルガーを迎える巨大なパンダルが街に立ち並ぶ。
どちらかが本来の姿で、もう一方が変化したもの、という単純な関係ではありません。
同じ女神の季節を、それぞれの土地が異なる文化や暮らしの中で受け取ってきた。
そう考えると、インドのお祭りの地域差がぐっと分かりやすくなります。
🍂 大きな暦の流れの中で見ると分かりやすい
2026年は、10月11日にシャラド・ナヴラートリが始まり、その後半に入るころ、西ベンガルではドゥルガー・プージャーが大きな盛り上がりを見せます。
そして最後には、ヴィジャヤダシャミーへ。
ひとつずつ別々のお祭りとして覚えるよりも、秋の女神の季節が九つの夜を通して深まり、地域ごとの祝祭へ広がっていくと眺めると、暦のつながりが見えてきます。
シャラド・ナヴラートリそのものについては、2026年の日程や九つの女神、地域ごとの祝い方をこちらの記事で詳しく紹介しています。
そして、こうした祈り、工芸、街、人々の参加がひとつになったコルカタのドゥルガー・プージャーは、世界からも注目される文化になりました。
次は、ユネスコ無形文化遺産「Durga Puja in Kolkata」として、この祝祭の何が評価されているのかを見ていきます。
🌏 ユネスコ無形文化遺産になった「Durga Puja in Kolkata」
コルカタのドゥルガー・プージャーは、2021年にユネスコの「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」へ登録されました。
登録名は、「Durga Puja in Kolkata」。
評価されているのは、女神ドゥルガーへの信仰だけではありません。
粘土像をつくる職人、パンダルを設計する人、装飾や空間づくりに関わるアーティストやデザイナー、太鼓を演奏する人、祭りを支える地域の人々。
さまざまな人の技術と参加によって、毎年ひとつの祝祭がつくられていくことそのものが、大切な文化として捉えられています。
🎨 「宗教」と「アート」が街の中で重なる
ユネスコは、コルカタのドゥルガー・プージャーを、宗教と芸術が公共の場で交わる代表的な例として紹介しています。
街に大規模なパンダルが建てられ、その中心には粘土でつくられたドゥルガー像が置かれる。
そこへ人々が訪れ、祈りを捧げながら、同時に空間や造形そのものも楽しみます。
つまり、祈る人と作品を見る人、宗教空間と街の空間が、きれいに分けられているわけではありません。
信仰のためにつくられたものが街の文化となり、街の文化がまた祈りの場を形づくっている。
その重なりこそが、コルカタのドゥルガー・プージャーを特徴づけています。
👐 目に見える作品だけでなく、「つくる技」も受け継がれる
無形文化遺産という名前から、「形のないものだけが対象なの?」と思うかもしれません。
けれど、ドゥルガー・プージャーには女神像もパンダルもあります。
大切なのは、その完成品だけではありません。
粘土を扱う技術、像を造形する知識、祭礼空間を組み立てる経験、太鼓の演奏、儀礼の進め方、地域で祭りを運営する方法。
そうした人から人へ受け継がれていく技術や知識、習慣も、文化の一部です。
女神像やパンダルは祭りが終われば姿を消していきますが、それを生み出す技や記憶は、次の年へとつながっていきます。
👥 見る人も、祭りをつくる一部になる
ドゥルガー・プージャーでは、大勢の人が街を歩き、パンダルからパンダルへと巡ります。
ユネスコの記録でも、祭りの間には多くの人々が街へ出て、巨大なインスタレーションを見て回ることが、この祝祭の特徴として挙げられています。
祭りをつくるのは、職人や宗教者だけではありません。
パンダルを訪れ、祈り、眺め、歩き、人と出会う。
そうした参加する人々の存在まで含めて、街の祝祭が完成するのです。
🌿 「残す文化」ではなく、「続ける文化」
文化遺産という言葉を聞くと、古い建物や作品をそのまま保存するイメージが浮かぶことがあります。
でも、ドゥルガー・プージャーは少し違います。
パンダルは毎年つくられ直し、女神像も毎年新しく生まれます。
時代に合わせて新しい素材や表現が取り入れられることもあります。
それでも、女神を迎え、人々が集まり、つくり、祈り、最後には見送るという営みは続いていく。
同じ形を残すのではなく、毎年つくり続けることで受け継がれていく。
そこに、無形文化遺産としてのドゥルガー・プージャーのおもしろさがあります。
遠く日本からこの祭りを見るときも、女神像の華やかさだけでなく、その後ろにある職人の手仕事や、街の人々が一緒につくる時間に目を向けると、また違った景色が見えてきます。
次は、そんなドゥルガー・プージャーを、日本の日常からどう楽しめるのかを考えてみましょう。
🏡 日本から、ドゥルガー・プージャーをどう楽しむ?
ここまで見てきたように、ドゥルガー・プージャーは、祈りや神話だけでなく、工芸、音楽、街、人とのつながりまで重なった大きな祝祭です。
では、日本で暮らす私たちは、このお祭りをどう楽しめばいいのでしょうか。
無理に現地の儀礼を再現したり、宗教的な作法をそのまま真似したりする必要はありません。
「こんな文化があるんだ」と知り、その背景にある暮らしや手仕事へ少しずつ目を向けてみる。
それだけでも、ドゥルガー・プージャーを楽しむ立派な入口になります。
🎨 パンダルのデザインを眺めてみる
まず楽しみやすいのが、コルカタのパンダルです。
毎年異なるテーマでつくられるパンダルには、伝統的な装飾だけでなく、現代的なアートや工芸的な表現もたくさん見られます。
建物全体をひとつの作品として見るものもあれば、身近な素材を使った細かな装飾が目を引くものもあります。
「宗教のお祭りだから難しそう」と構えず、街に現れる期間限定の巨大なアート空間として眺めてみるのも、おもしろい楽しみ方です。
👐 女神像から、インドの手仕事を知る
ドゥルガー像を見たときは、華やかな完成形だけでなく、「これはどうやってつくられているんだろう?」と考えてみるのもおすすめです。
粘土を重ね、乾かし、彩色し、衣装や装飾を加えていく。
その背景には、長い時間をかけて受け継がれてきた職人の技があります。
布、刺繍、金属細工、木工、陶芸など、インドのさまざまな手仕事を見るときにも、同じように「誰が、どんな手でつくっているのか」へ目を向けると、ものの見え方が少し変わります。
🥁 音から、お祭りの空気を感じてみる
写真だけでは伝わりにくいのが、ドゥルガー・プージャーの「音」です。
ダークの力強い太鼓の音や、祭りの映像を見てみると、人々がどんな空気の中で女神を迎えているのかがぐっと想像しやすくなります。
街の灯り、人の声、太鼓のリズム。
そうしたものまで含めて眺めると、ドゥルガー・プージャーが静かな礼拝だけではなく、街全体で共有される時間であることが見えてきます。
🌺 ドゥルガーの物語を知ってから、もう一度女神像を見る
神話を少し知ってから女神像を見るのも、楽しみ方のひとつです。
なぜ多くの腕を持っているのか。
なぜ獅子や虎とともに描かれるのか。
なぜ足元にはマヒシャースラがいるのか。
ひとつずつ意味を知っていくと、華やかな像が「きれいな神様の像」ではなく、長く語り継がれてきた物語を形にしたものとして見えてきます。
ドゥルガーそのものについてもっと知りたい方は、こちらの記事もどうぞ。
🌿 「お祭りを再現する」のではなく、暮らしを知る
異文化のお祭りに触れると、「自分も何か同じことをしなければ」と思うことがあります。
でも、ドゥルガー・プージャーを楽しむために、特別な儀式を行う必要はありません。
女神を迎える人々の気持ちを知る。
パンダルをつくる職人の手仕事を見る。
ベンガルの街で、人々が家族や友人とどんな時間を過ごしているのかを想像する。
文化をそのまま借りるのではなく、その土地の暮らしへ興味を持つ。
雑貨屋かいらりでは、そんな距離感でインドのものや文化を楽しんでいただけたらと思っています。
次は、ドゥルガー・プージャーの季節から連想して、日常に取り入れやすいかいらりのアイテムをご紹介します。
🛍️ 女神の季節を彩る、かいらりのアイテムたち
ドゥルガー・プージャーの街には、女神像の装飾、色鮮やかな衣装、花、灯り、そして職人たちの手仕事があふれています。
もちろん、日本で暮らしながら宗教的な儀礼をそのまま取り入れる必要はありません。
ここでは、祝祭の風景から感じる色、装飾、素材を手がかりに、インドの空気を日常で楽しめるアイテムをご紹介します。
✨ インドの装飾美を楽しむ、寺院風ジュエリー
ドゥルガー・プージャーの女神像を眺めていると、まず目を引くのが華やかな装飾です。
金色の輝きや細かな文様、幾重にも重なるアクセサリー。
そんなインドの装飾文化に惹かれたら、日常の装いでは寺院風の意匠を取り入れたジュエリーから楽しんでみるのもひとつです。
かいらりでは、南インドの装飾を思わせるネックレスなどをご紹介しています。
祭礼の道具としてではなく、インドの造形や手仕事を楽しむアクセサリーとして、シンプルな服にひとつ合わせるだけでも印象が変わります。
🌺 暮らしの中に、鮮やかな赤をひとつ
ドゥルガー・プージャーの風景を見ていると、赤は印象に残る色のひとつです。
女神像の装飾や花、人々の衣装など、華やかな祝祭の中にさまざまな赤が現れます。
そんな色の空気を日常に取り入れるなら、インドのブロックプリント布もおすすめです。
赤い花模様やボルドー、コーラルのような色は、インテリアの一部に使ったり、小物づくりに取り入れたりするだけでも、部屋の景色を少し変えてくれます。
祭りを再現するのではなく、そこで出会った色を暮らしへ持ち帰る。
そんな楽しみ方なら、インドの文化を身近に感じながら、自分の日常にも自然になじませられます。
🌿 サンダルウッドから感じる、インドの素材
街を彩るものだけでなく、インドらしい素材に触れることも、文化を知る入口になります。
そのひとつが、インドで古くから親しまれてきたサンダルウッドです。
かいらりでは、サンダルウッドを取り入れた石けんやボディケアアイテムなどをご紹介しています。
こちらも宗教的な使い方を真似するのではなく、香りや素材そのものを通してインドを身近に感じるものとして楽しめます。
華やかな祭りの記事を読んだあと、いつもの暮らしの中でふとインドを思い出す。
雑貨や布、アクセサリー、香りには、そんな文化との小さな接点をつくってくれるおもしろさがあります。
女神を迎える祈りから、街いっぱいのパンダル、職人の手仕事、そして最後の別れまで。
次はいよいよ最後に、ドゥルガー・プージャーという祝祭をもう一度振り返ってみましょう。
🪷 おわりに|女神を迎え、街で祝い、また見送る
ドゥルガー・プージャーは、女神ドゥルガーが悪魔マヒシャースラに勝利したことを祝うお祭りです。
けれど、西ベンガルの祝祭をたどってみると、それだけでは語りきれないことが見えてきます。
女神を、年に一度家へ帰ってくる娘のように迎える。
職人たちが粘土から像をつくり、街にはその年限りのパンダルが立ち上がる。
太鼓の音が響く中、人々は家族や友人と街を歩き、祈り、食事をし、いくつもの女神に会いに行きます。
そして最後には、数日間ともに過ごした女神を水辺へ送り出す。
「勝利」と「帰郷」、そして「別れと再会」。
いくつもの物語と感情が重なっているところに、ドゥルガー・プージャーの大きな魅力があります。
2026年は、10月11日にシャラド・ナヴラートリが始まり、その後半に入ると西ベンガルではドゥルガー・プージャーが大きな盛り上がりを見せます。
九つの夜に女神へ祈る時間から、街いっぱいにドゥルガーを迎える数日間へ。
そしてヴィジャヤダシャミーを迎え、女神を見送ると、秋の祝祭はまた次の季節へと進んでいきます。
こうして暦の流れの中で眺めてみると、インドのお祭りは、ひとつずつ孤立した行事ではなく、季節や神話、人々の暮らしが連なりながら続いていることが分かります。
そしてコルカタのドゥルガー・プージャーには、その土地ならではの工芸や音楽、街の記憶、人と人とのつながりまで一緒に息づいています。
遠くからこのお祭りを知る私たちも、華やかな女神像だけを見るのではなく、その後ろにある手仕事や、女神を迎える人々の気持ちまで想像してみると、インドの秋が少し身近に感じられるかもしれません。
ドゥルガー・プージャーだけでなく、ナヴラートリやヴィジャヤダシャミーなど、10月のインドのお祭りをまとめてたどりたい方はこちらの記事もどうぞ。
















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