アーユルヴェーダの記事をいくつか読んでいると、
ドーシャ、アグニ、アーマ……と並んで、
よく出てくるけれど、いまひとつ掴みにくい言葉があります。
それが 「グナ(Guna)」 です。
グナは、体質を決めるラベルでも、
良い・悪いを判断するための基準でもありません。
アーユルヴェーダでは、人や体、気分、行動、季節にまで宿る「性質」や「傾き」を表す言葉として使われます。
たとえば、
なんとなく体が重い日。
頭がぼんやりして動きたくない日。
逆に、落ち着かず、乾いた感じがして眠りにくい日。
アーユルヴェーダでは、そうした状態を
「何が原因か」よりも先に、
「今、どんな性質に傾いているか」という視点で見ていきます。
このページでは、
グナを“診断”や“管理”のための知識としてではなく、
自分の状態に気づくための、やさしいものさしとして紹介します。
難しい専門用語は使いません。
覚えなくても大丈夫です。
「今日はちょっと重たいな」
「今は落ち着きが足りないかも」
そんなふうに、
今の自分を雑に扱わないためのヒントとして、
グナという考え方をのぞいてみてください。
🪔 グナとは何か|アーユルヴェーダが見る「性質」の話
アーユルヴェーダでいう グナ(Guna) は、
人を分類するための言葉でも、性格診断のための概念でもありません。
グナはとてもシンプルで、
「そこに現れている性質」「今の状態の質感」を表すための言葉です。
体にも、心にも、行動にも、環境にも。
アーユルヴェーダでは、あらゆるものが
いくつかの性質の組み合わせとして現れていると考えます。
たとえば、
- 重たい・軽い
- 乾いている・潤っている
- 冷たい・温かい
- 動いている・静か
こうした感覚的な言葉ひとつひとつが、グナです。
アーユルヴェーダでは、
「なぜ不調が起きたのか」をいきなり分析するよりも、
今、どんな性質が強く出ているかを静かに見ます。
疲れて動けないなら、「怠けている」のではなく、
重さ・停滞・鈍さという性質が前に出ているだけ。
落ち着かず、考えが散らかるなら、
軽さ・速さ・乾きが強くなっている状態かもしれません。
ここで大切なのは、
グナは良い・悪いを決めるためのものではないという点です。
どの性質も、本来は必要なもの。
ただ、その出方が偏ったときに、違和感として現れるだけ。
グナは、
「あなたはこういう人です」と決めつけるための概念ではなく、
今の状態を、言葉にして受け取るための視点です。
このあと、代表的なグナの組み合わせをいくつか紹介しますが、
覚えなくても大丈夫です。
「あ、今日はこれ寄りかも」
そのくらいの距離感で読んでみてください。
🌿 なぜアーユルヴェーダは「性質」で考えるのか
アーユルヴェーダが少し独特に感じられる理由のひとつが、
病名や原因探しから入らないという点です。
「何が悪いのか」「どこが壊れたのか」を特定する前に、
まず見るのは、今どんな状態になっているか。
たとえば、
- 重たいのか、軽すぎるのか
- 冷えているのか、熱を持ちすぎているのか
- 停滞しているのか、散らかりすぎているのか
こうした質感のズレを捉えるために使われるのが、グナという考え方です。
アーユルヴェーダでは、
不調は突然生まれるものではなく、性質の偏りが積み重なった結果と考えます。
だからこそ、
「原因を叩く」「敵を見つける」というよりも、
傾いた状態を、元の位置に戻していくという発想が基本になります。
この視点は、他のアーユルヴェーダの概念とも自然につながっています。
ドーシャは、性質の大きなまとまり。
アグニは、消化・変換という性質の働き。
アーマは、重さや停滞が処理されずに残った状態。
それぞれは別の言葉ですが、
すべて「今、どんな性質が前に出ているか」を見るためのレンズでもあります。
ここで大切なのは、
アーユルヴェーダが完璧な状態を目指す思想ではないということ。
いつも軽やかで、温かくて、整っている必要はありません。
ただ、偏りすぎたら、少し戻す。
「治す」より「戻す」
グナで考える視点は、この考え方ととても相性がいいのです。
⚖️ 基本のグナ|よく使う“対になる性質”
グナにはたくさんの種類がありますが、
日常で全部を意識する必要はありません。
かいらり的には、
「暮らしの中であ、これだって気づきやすいもの」だけ拾えば十分だと思っています。
まずは、よく使う基本の組み合わせから。
重い/軽い
体や気分がどっしりして動きにくいのか、
それとも落ち着きがなく、ふわふわ散っているのか。
食べすぎた後の重さ、
忙しすぎて地に足がつかない軽さ。
どちらも「重い/軽い」というグナで表せます。
冷たい/温かい
手足やお腹が冷えている感じがするのか、
それとも熱がこもってイライラしやすいのか。
体温だけでなく、
気分のトーンや言葉の強さにも現れる性質です。
乾く/湿る
肌や喉が乾きやすい、
考えがカサカサして余裕がない。
逆に、
むくみやすい、だるさが抜けない、
なんとなく溜め込んでいる感じがする。
そんな感覚も、このグナで捉えられます。
動く/止まる
落ち着きがなく、常に何かしていないと不安なのか。
それとも、腰が重く、動き出すまでに時間がかかるのか。
行動だけでなく、
思考や感情の動きにも現れやすい性質です。
鋭い/穏やか
判断が早く、ピリッとしている状態か。
それとも、ゆっくりで丸みのある状態か。
集中力や言葉選び、
自分や他人への厳しさにも関わってきます。
ここで大切なのは、
どちらが良い・悪いではないということ。
今どちらに傾いているかに気づくだけで、
次の選択が少しやさしくなります。
グナは診断のための言葉ではなく、
今の自分を説明するための言葉。
全部覚えなくていいし、
全部整えなくてもいい。
「今日はちょっと冷えてるな」
「最近、重ためだな」
そのくらいの使い方で、十分です。
🧭 グナは「診断」じゃなく「気づくためのもの」
グナの話をすると、
「私は〇〇グナ体質だから…」と
自分にラベルを貼りたくなることがあります。
でも、アーユルヴェーダ的には、
グナは体質診断のための道具ではありません。
重い日もあれば、軽い日もある。
冷える朝もあれば、熱がこもる夕方もある。
グナは、
その時その時の状態を言葉にするためのものです。
だから、
「私は重い人」「私は乾きやすい人」
みたいに決めなくて大丈夫。
むしろ大切なのは、
- 今日はちょっと冷えているな
- 今は重ために傾いているかも
- さっきよりは、少し動きやすい
そんな一時的な傾きに気づくこと。
この考え方は、
プラクリティ(生まれ持った基準)や
ヴィクリティ(今の状態)とも、自然につながっています。
プラクリティは「戻る場所」。
ヴィクリティは「今どこにいるか」。
そしてグナは、
そのズレや揺れを、細かく感じ取るための言葉。
「今日はどっち寄りかな?」
そのくらいの距離感で使うのが、ちょうどいい。
グナは、
自分を縛るための知識ではなく、
自分に気づくためのコンパスです。
☕ 暮らしの中での、いちばん簡単な使い方
グナの考え方は、本来とても実用的です。
難しい診断や分析をしなくても、
「今、足りない性質を少し足す」
「過剰な性質を少し引く」
それだけで十分。
たとえば、こんなふうに。
- 冷えていて、重い感じ → 温かくて、少し軽いものを
- 乾いて、ザワザワする → 湿り気があって、落ち着くものを
大げさなことをする必要はありません。
温かい飲み物を選ぶ。
香りや泡立ちがやさしい石鹸を使う。
口に入れたとき、刺激が強すぎない歯磨き粉に変える。
それだけでも、
グナのバランスは少しずつ動きます。
アーユルヴェーダ的な整え方は、
何かを「頑張って足す」よりも、
日常の選択を、ほんの少し変えること。
お茶を選ぶとき。
毎日使う石鹸や歯磨き粉を手に取るとき。
「今日は、どんな性質が欲しいかな?」
そんなふうに考えるだけで、十分アーユルヴェーダです。
詳しい話は、それぞれの記事で触れていますが、
ここでは“暮らしの中で使える考え方”として
覚えてもらえたら嬉しいです。
🫶 まとめ|グナは「自分を責めないための視点」
グナは、
何かを正しくやるための基準でも、
自分を評価するためのものでもありません。
正解を探さなくていい。
うまく管理しなくていい。
アーユルヴェーダが大切にしているのは、
「できているかどうか」ではなく、
今の状態に、ちゃんと気づいているかということです。
今日は少し重たいな。
今日は乾いている気がするな。
その感覚に気づけた時点で、
もう十分やさしい目線が向いています。
グナは、
自分をコントロールするための知識ではなく、
今日の自分を、雑に扱わないための考え方。
もし何かひとつ覚えて帰るとしたら、
「今日はどっち寄りかな?」
その問いかけだけで大丈夫です。
そこから先は、
気になったところだけ、拾い読みしてもらえたら嬉しいです。
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