ヒンドゥー教はどこまで広がった?インド以外に根付いた信仰のかたち

宗教

ヒンドゥー教と聞くと、多くの人はまず「インド」を思い浮かべると思います。
実際、ヒンドゥー教はインドで生まれ、今も多くの人々の暮らしの中に根づいている宗教です。

けれど、少し調べてみると
「バリ島ではヒンドゥー教が信仰されている」
「カリブ海やアフリカにもヒンドゥー教徒がいる」
そんな意外な事実に出会うことがあります。

なぜ、インドで生まれた宗教が、これほど離れた場所でも大切にされているのでしょうか。
しかもヒンドゥー教は、積極的に布教を行う宗教ではありません。
それでも世界各地で形を変えながら、生き続けています。

前回の記事では、
ヒンドゥー教の基本的な考え方や、神々、輪廻や暮らしとの関わりについて整理しました。
(※まだ読んでいない方は、先にそちらから読むと全体像がつかみやすいかもしれません)

今回はそこから一歩進んで、インド以外でヒンドゥー教が信仰されている国や地域に目を向けてみます。

その背景には、交易や移民、植民地時代の歴史、そして
「教え」よりも「暮らし」に寄り添って広がっていくヒンドゥー教ならではの性質があります。

インドという枠を少し外して眺めてみることで、
ヒンドゥー教という宗教が、どれほど柔軟で、土地に順応する存在なのかが見えてくるはずです。

なぜヒンドゥー教は世界に広がったのか

ヒンドゥー教は、キリスト教やイスラム教のように「布教」を目的として広がった宗教ではありません。
けれど、インドの外に目を向けると、アジアやアフリカ、カリブ海地域など、さまざまな場所にヒンドゥー教徒のコミュニティが存在しています。

その広がり方には、いくつかの歴史的な背景があります。

まずひとつは、人の移動とともに信仰が運ばれたという点です。
19世紀以降、イギリス植民地時代の労働制度によって、多くのインド人が東南アジア、アフリカ、カリブ海諸国、太平洋地域へ移住しました。
彼らは新しい土地に暮らしながらも、日々の祈りや祭り、生活習慣とともにヒンドゥー教の信仰を持ち続けました。

この結果、フィジー、モーリシャス、トリニダード・トバゴ、ガイアナなどでは、現在も一定数のヒンドゥー教徒が暮らしています。

もうひとつは、古代から続く交易と文化交流です。
インドは古くから海上交易の要所であり、東南アジアを中心に、人や物、物語、建築様式、儀礼の考え方が行き交っていました。
この過程で、ヒンドゥー教の神話や象徴、世界観が地域文化の一部として取り入れられていった例もあります。

ただし重要なのは、ヒンドゥー教が「教義を広めるために外へ出ていった」のではない、という点です。
あくまで人々の暮らしや文化が移動する中で、信仰もまた自然にそこに根づいていった、という形に近いと言えるでしょう。

ヒンドゥー教は、「信じなさい」と外に向かって語りかける宗教というより、生き方や世界の捉え方が、人とともに静かに伝わっていった宗教です。
だからこそ、地域ごとに少しずつ異なる表情を持ちながら、今も世界のあちこちで生き続けています。

ヒンドゥー教徒が多い国と地域

ヒンドゥー教は「インドの宗教」というイメージが強いですが、実際にはインドの外にも、ヒンドゥー教徒が多く暮らす国や地域がいくつも存在します。

それらの多くは、布教によって広がったというより、人の移動や歴史的なつながりの中で、信仰がそのまま受け継がれてきた場所です。地域ごとに文化や暮らしと結びつきながら、ヒンドゥー教は少しずつ異なる形で根づいています。

ここでは、インド以外でヒンドゥー教徒が多い、代表的な国と地域をいくつか紹介します。

🇳🇵ネパール|国の文化そのものとして息づく信仰

ネパールは、2008年まで世界で唯一ヒンドゥー教を国教としていた国です。
現在は世俗国家となっていますが、人々の暮らしや季節の行事、価値観の多くは、今もヒンドゥー教と深く結びついています。

ネパールでは、ヒンドゥー教は「信仰」というより、社会の土台そのものに近い存在です。
誕生や結婚、死といった人生の節目はもちろん、暦や祝祭、家族の在り方に至るまで、ヒンドゥー的な世界観が自然に組み込まれています。

またネパールには、破壊と再生の神・シヴァを祀る最重要聖地のひとつ「パシュパティナート寺院」があります。
この寺院はインド国外にありながら、インド各地からも多くの巡礼者が訪れる特別な場所で、聖なる川バグマティ川沿いでは現在も火葬の儀式が行われています。

一方で、ネパール南部のルンビニは、仏教の祖・ブッダの生誕地としても知られています。
そのためネパールでは、ヒンドゥー教と仏教が対立するものではなく、互いに重なり合いながら共存してきました。

同じ神が地域によって別の名前で呼ばれたり、ヒンドゥーの神々が仏教的な文脈でも受け入れられたりするのも、ネパールではごく自然なことです。
この柔軟さこそが、ネパールにおけるヒンドゥー教の大きな特徴と言えるでしょう。

🇱🇰スリランカ|仏教国の中で受け継がれる古い信仰

スリランカは上座部仏教(テーラワーダ)が強い存在感を持つ国ですが、その中にヒンドゥー教の長い層もはっきり残っています。特に北部・東部では、暮らしの輪郭として寺院と祈りが息をしていて、「宗教」というより日々のリズムとして見えることが多いです。

人口比で見ると、スリランカのヒンドゥー教徒は約12〜13%で、主にタミル系コミュニティの信仰として根づいています。インドと地理的に近いこともあり、南インドの文化圏とつながるような神々や儀礼が、自然に暮らしの中へ入り込んでいます。

代表的な聖地のひとつが、北部ジャフナのナッルール・カンダスワミ寺院(ムルガン寺院)。地域の「信仰の中心」としての意味が強く、祭礼の季節には街の空気ごと祈りに寄っていくような迫力があります。旅人の目には、寺院というよりコミュニティの心臓のように映るかもしれません。

もうひとつ象徴的なのが、東部トリンコマリーのコネスワラム寺院(シヴァ)。海と断崖に寄り添う立地そのものが「境界」の感覚を強めてくれて、祈りが日常と非日常のあいだをつなぐ行為なのだと、体でわかる場所です。

スリランカのヒンドゥー教を紹介する時は、「仏教国なのに例外的にある」というより、多層の島の歴史の一部として今も続いている、という書き方のほうがしっくりきます。インドのヒンドゥー教を知っていると、似ている部分と、土地に合わせて静かに変化した部分の両方が見えてきます。

🇮🇩バリ島(インドネシア)|自然と結びついた独自の信仰

インドネシアは国全体ではイスラム教徒が多数派ですが、バリ島ではヒンドゥー教が人々の暮らしの中心にあります。この地域で信仰されているのは、一般に「アガマ・ヒンドゥー・ダルマ」と呼ばれる、バリ独自の形に発展したヒンドゥー教です。

バリのヒンドゥー教は、聖典や哲学を学ぶことよりも、日々の行いと儀礼を重視する点が特徴的です。家の敷地内には小さな祠があり、村ごとにも寺院があり、人々は毎日のように花や葉、米を使った供物を捧げます。信仰は特別な場だけにあるものではなく、生活動線そのものに組み込まれています。

またバリの世界観では、善と悪、清浄と不浄ははっきり分けられるものではなく、常に両方が存在し、バランスを取ることが大切だと考えられています。悪いものを排除するのではなく、なだめ、調和させるという発想は、自然や精霊と共に生きる感覚とも深く結びついています。

こうした信仰のあり方は、インド本土のヒンドゥー教とは異なりつつも、「宗教」というより暮らしの設計そのものとしてヒンドゥー教が根づいている例だと言えるでしょう。

🇲🇺モーリシャス|移民とともに根づいた祈りのかたち

アフリカ東岸の島国モーリシャスでは、人口の約半数がヒンドゥー教徒とされています。
これは19世紀以降、イギリス植民地時代にインドから労働者として移住した人々が、信仰や生活習慣とともにヒンドゥー教を持ち込んだことによるものです。

現在でもヒンドゥー教は人々の暮らしに深く根づいており、祭りや巡礼が盛んに行われています。
中でも有名なのが、マハー・シヴァラートリの時期に行われるグラン・バッサン湖(ガンガー・タラオ)への巡礼です。
この湖はガンジス河と霊的につながる聖地とされ、毎年、国内各地から多くの人々が徒歩で集まり、祈りと沐浴を行います。

この巡礼は、インド国外では最大級規模のヒンドゥー教行事のひとつとも言われており、モーリシャスにおいてヒンドゥー教が単なる移民宗教ではなく、国の文化そのものとして根づいていることを象徴しています。

🇫🇯フィジー|海を渡って受け継がれた神々

南太平洋に位置するフィジーでは、人口の約3割がインド系住民であり、その多くがヒンドゥー教を信仰しています。これは19世紀後半、イギリス統治下でサトウキビ農園の労働力としてインドから人々が移住したことに由来します。

フィジーのヒンドゥー教は、インド本土から遠く離れた土地で根づいたため、共同体を中心に信仰を守ってきたという特徴があります。寺院は単なる礼拝の場ではなく、祭りや教育、交流の拠点として機能し、宗教と生活が強く結びついています。

ディワリやホーリーなどの主要な祭りも盛大に祝われ、ヒンドゥー教徒以外の住民が参加することも珍しくありません。こうした行事は、信仰を守るだけでなく、自分たちのルーツを確認する場としての意味も持っています。

フィジーのヒンドゥー教は、インドの伝統をそのまま再現したものではなく、島国の環境や多民族社会の中で調整されながら受け継がれてきました。遠く離れた地であっても、祈りや儀礼を通じて信仰が「生きたもの」として続いている好例と言えるでしょう。

フィジーでは、寺院や祭りがコミュニティの中心となり、信仰はアイデンティティの支えとして大切にされています。

🇹🇹トリニダード・トバゴ|社会に開かれた信仰と祝祭

カリブ海に浮かぶ島国トリニダード・トバゴでは、人口の約15〜20%がヒンドゥー教徒とされています。19世紀のイギリス植民地時代、インドから契約労働者として移住した人々が信仰を持ち込みました。

この国のヒンドゥー教の大きな特徴は、信仰が社会全体に開かれていることです。ヒンドゥー教の祭りであるディワリ(光の祭り)は国の祝日として定められており、宗教や出自を超えて多くの人々が参加します。

寺院や家庭での祈りは、神々への信仰であると同時に、移民として海を渡った祖先の記憶をつなぐ行為でもあります。祭りや儀式は、信仰を守るためだけでなく、家族や地域コミュニティの結びつきを確認する時間として大切にされています。

トリニダード・トバゴでは、ヒンドゥー教は「個人の内面の宗教」にとどまらず、文化や社会の一部として共有される存在になっています。その在り方は、インド本土とは異なりながらも、ヒンドゥー教が環境に応じて形を変えてきた一例と言えるでしょう。

🇬🇾ガイアナ|南米に根づいたインド系文化と信仰

南アメリカ北部に位置するガイアナでは、人口の約25%前後がヒンドゥー教徒とされています。これは19世紀以降、イギリス植民地時代にインドから契約労働者が移住したことによるものです。

ガイアナのヒンドゥー教の特徴は、南米という土地にありながら、比較的インド的な信仰形態が色濃く残っていることです。家庭での祈り、寺院での祭礼、暦に沿った行事などが、今も生活の中に自然に組み込まれています。

特にディワリ(光の祭り)は国の祝日となっており、宗教行事であると同時に、国全体の文化イベントとして親しまれています。ヒンドゥー教徒以外の人々も参加し、光で街を飾る風景はガイアナの冬の風物詩です。

インドから遠く離れた地で信仰が守られてきた背景には、宗教が「信じるもの」であると同時に、アイデンティティそのものだったという事情があります。ガイアナのヒンドゥー教は、移民の歴史とともに育まれてきた、記憶の宗教とも言える存在です。

南米のガイアナやスリナムにも、ヒンドゥー教徒のコミュニティが存在します。ここでも背景にあるのは、植民地時代の労働移民です。

遠くインドを離れた土地でも、祈りや祭り、家族行事を通して信仰が守られてきました。

🇸🇷スリナム|多宗教社会の中で共存する信仰

南米北部に位置するスリナムでは、人口のおよそ4分の1がヒンドゥー教徒とされており、これは南米の中でも非常に高い割合です。ヒンドゥー教は少数派の宗教ではなく、国の宗教文化を構成する重要な要素のひとつとして受け入れられています。

この背景には、19世紀後半のオランダ植民地時代があります。奴隷制度廃止後の労働力不足を補うため、インドから多くの契約労働者が移住し、信仰や言語、食文化とともにヒンドゥー教が持ち込まれました。

現在でもディワリ(光の祭り)やホーリー(色の祭り)は国の祝日として定められており、ヒンドゥー教徒以外の人々も参加します。宗教行事でありながら、国全体の文化行事として共有されている点がスリナムの特徴です。

スリナムのヒンドゥー教は、インド本土に比べると儀礼は比較的簡素で、家族や地域コミュニティを中心とした信仰として続いています。カースト意識は薄く、神話や儀式も「暮らしの中の知恵」として受け継がれているのが印象的です。

ヒンドゥー教は、なぜ一つの形にならなかったのか

ここまで見てきたように、ヒンドゥー教はインドだけでなく、ネパール、スリランカ、東南アジア、アフリカ、南米、カリブ海地域など、さまざまな土地に根づいています。
そして不思議なことに、どの地域でも「同じヒンドゥー教」でありながら、その姿は少しずつ違って見えます。

これは、ヒンドゥー教が最初から一つの教義や形式を定める宗教ではなかったことと深く関係しています。

ヒンドゥー教には、唯一の創始者も、全員が守るべき絶対的な教典もありません。
代わりにあるのは、「世界をどう理解するか」「人はどう生きるか」という考え方の層です。

そのため、土地が変われば、
・信仰の中心になる神が変わり
・重視される儀式や祭りが変わり
・日常生活との結びつき方も変わっていきます。

それでもヒンドゥー教としてつながっているのは、輪廻・カルマ・ダルマといった根本的な世界観が共有されているからです。
「形」は違っても、「ものの見方」は共通している。
この柔軟さこそが、ヒンドゥー教が長い時間をかけて世界に広がり、生き続けてきた理由のひとつです。

つまりヒンドゥー教は、
一つに統一されなかったからこそ、さまざまな土地で生き延びることができた宗教だと言えるかもしれません。

ヒンドゥー教は、「場所」よりも「暮らし」に根づく

ヒンドゥー教を見ていくと、「どこにある宗教か」を示すことが、あまり意味を持たないことに気づきます。
寺院や聖地は確かに存在しますが、信仰の中心は、特定の場所よりも人々の日常そのものにあります。

家で神に手を合わせること。
祭りの日に色をまとい、食べ、歌うこと。
季節の変わり目に、身体や心の調子を整えること。

そうした一つひとつの行為が、ヒンドゥー教では「特別な宗教行為」と「普通の生活」の間に、はっきりとした境界を持ちません。
信仰は、暮らしの延長線上にあるものとして存在しています。

だからこそ、ヒンドゥー教は土地が変わっても形を変えながら残り、
インドでも、ネパールでも、島嶼部でも、移民の社会でも、それぞれの生活に溶け込んできました。

ヒンドゥー教を理解する近道は、
「正しい教義を覚えること」ではなく、
人がどんなふうに世界と付き合い、日々を過ごしてきたのかを見ることなのかもしれません。

難しく考えすぎなくても大丈夫です。
神話や祭り、暮らしの習慣を少し知るだけでも、
ヒンドゥー教は、静かにその輪郭を見せてくれます。

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